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私の履歴書・会社の履歴書
クールプレジデント!カッコイイ社長!

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ハツタロー
「経営者の哲学」。「経営者のプロフェッショナル論」。「経営者のシゴト」。「経営者の会社づくり」。カッコイイ、ステキな中小企業の経営者にインタビュー
ハツタロー
新光電子国際部 池田 裕二(いけだ ゆうじ)

株式会社日本レーザー

代表取締役社長
近藤 宣之さん

社員による社員のための会社を

経営の要諦は社員のモチベーションを高めることにある。そのためにさまざまな手法が考案されてきたが、実際に成功している企業は、それほど多くない。どん底だった会社の社長に就任し、バラバラになりかけていた人心をまとめあげ、見事に経営を回復させた近藤社長。いったいどんな秘策があったのか。

代表取締役社長 近藤 宣之さん 経営の秘訣を語る近藤社長

破綻寸前からの立て直し

日本レーザーは、1968年創業のレーザー・光関連装置の専門輸入商社。従業員60人ほどの小さな会社だが、もともと親会社のレーザー関連事業を支えるために設立された歴史を持ち、代々の社長は親会社からの天下り。いわゆる、「お飾り」の観を否めなかった。景気のよい時代はそれでも経営が成り立っていたが、バブル経済の崩壊が放漫経営を直撃、91年から赤字が3年間続き、破綻が目の前まで迫っていた。
そこに新社長として就任したのが近藤宣之社長だ。当時50歳。代々の社長と同じく親会社からの出向で、親会社の役員も兼務していた。
近藤氏は、28歳という若さで親会社の労働組合の執行委員長に就任。経営再建のためにリストラを進める経営陣と渡り合い、退職条件の引き上げや再雇用制度の確立などを勝ち取った。その後、アメリカ法人で大規模なリストラと立て直しを行い、ここでも成果を収め、45歳で本社の取締役兼、米国支配人に就任。将来の社長候補の一角とも見なされていたが、49歳で帰国、破綻寸前に陥っていた子会社を再建して欲しいと白羽の矢が立ったのだ。
会社建て直しの腕を見込まれての人事ではあるが、親会社の役員にしてみれば、「体のいい厄介払い」「失点を犯させて社長レースから追い落とそう」というもくろみがあったことは想像に難くない。それほどに日本レーザーの業況は思わしくなかった。

雇用は絶対に守る

就任していの一番に、近藤社長はこう宣言した。
「私の理念は『雇用』することだ。去る人間は追わないが、私から辞めさせることは絶対にしない」
経営が思わしくないことは周知の事実で、会社を去る社員が相次いでいた。そこへ親会社から辣腕と噂される新社長がやってきた。自分たちの生活はどうなるのかという不安を隠せないでいたところに、「雇用は絶対に守る」という。その言葉は、社員たちの希望の灯となった。
以来、近藤社長は毎朝社員の行動を管理し、出金伝票のすべてをチェック。厳しく締め付けた結果、1年で黒字化を達成した。社員の間には安堵感が広がったが、同時に社員から妙な噂が聞こえてくるようになった。
「近藤社長は運がいいよ。就任1年で黒字化。これを勲章に親会社に戻って、出世コースに復帰するだろう。僕らは締め付けられるだけ締め付けられて、割に合わないよね」

自ら敷いた背水の陣

社員の不信感はモチベーションの低下に直結する。モチベーションが下がれば、いつまた赤字に転落するかわからない。社内の微妙な雰囲気の変化を感じ取った近藤社長は、驚くべき行動に出た。親会社の取締役を辞任したのだ。
「再建は決して生易しいものではありません。私自身の退路を立つ覚悟を見せることでしか、信頼感を回復する道はありませんでした」と近藤社長は振り返る。
その不退転の覚悟が社員にしっかりと伝わった。95年度に大幅な利益をあげ、わずか2年で累積赤字を一掃。以来、売り上げは右肩上がりを続け、超優良企業と目されるまでに経営が立ち直ったのだ。
再建が落ち着くと、近藤社長は会社の仕組みづくりに本腰を入れた。売り上げに比例したインセンティブの創設。ワークライフバランスをとことんまで追求する勤務形態。TOEICの成績に応じた手当など。社員が満足して働ける環境を整えるために、知恵を絞りに絞って、制度を改革していった。

社員全員が会社の株主に

2007年、その集大成ともいえる大鉈がふるわれた。親会社からの独立だ。子会社である以上、役員クラスの人事権は親会社に握られている。お金の使い道についても、親会社の判断に従わざるを得ない場面は少なくない。せっかく黒字転換したのに、これでは社員のモチベーションは上がらない。そう考えた近藤社長は、持ち株会社を設立。社員自身が株主となって、親会社からすべての株式を買い取るMEBO(経営者と従業員が参加する会社買収)を画策した。社長就任から13年、近藤社長の覚悟と信念は社内にすでに浸透しており、反対する声はまったく聞こえてこなかった。それどころか、社員からの出資額は予定を大きく上回り、買収は見事に成功を収めた。
「あの一件から、社員全員の目つきが変わった」とベテラン社員の一人はいう。会社の経営は自分次第という自己責任意識と危機感が芽生え、日本レーザーは、それまで以上に活気のある会社となったのだ。
「社員にとって価値のある会社はなんなのか。すべての改革は、そのためだけに行ってきました。働く喜びを提供し、成長したいという願いに応え、ライフスタイルに応じて働ける会社。努力が報われるシステムがあり、その組織に所属する喜びを感じられる会社。そして、尊敬できるリーダーがいること。そうした仕組みがあれば、社員は志高く働けるのです」
社員を愛し、社員に愛される会社。近藤社長の言葉は、ともすればスピードがもてはやされる昨今見落とされがちな、しかし、経営でもっとも大切なものを思い出させてくれる。

img_02 古希の時には社員から寄せ書きを貰った
東成エレクトロビーム株式会社 上野 保(うえの たもつ)さん

東成エレクトロビーム株式会社

代表取締役会長
上野 保さん

技術に溺れることなく、顧客が何を求めているかに徹する

材質の異なる金属の溶接や精密さを求められる微細加工をビーム照射で行う技術を誇る東成エレクトロビーム株式会社は業界のトップを独走する。 だが、同社の真骨頂は技術だけでなく、顧客の利益を第一に考える経営姿勢にある。

技術に溺れることなく、顧客が何を求めているかに徹する 「夢は必ず実現する」という会長の標語

大手メーカーの経営危機。一念発起して起業を決意

創業者である代表取締役の上野保会長は、1939年生まれの新潟県人。大学で工業経営学を修めた後に自動車メーカーに技術者として入社。念願の技術部に配属され、前途洋々かに見えた。 ところが、入社間もなく経営不振と労働争議の渦中に巻き込まれ、組み立て現場への転属を余儀なくされた。望まぬかたちで現場に放り出された我が身を嘆き、職場に溶け込もうとしないばかりか、技術部の同僚に不満を愚痴をこぼす毎日。そんな新入社員を見かねた上司の一言が上野青年の仕事への姿勢を変えた。
「今、与えられた仕事に打ち込め。現場をないがしろにしていると、やがて技術部に戻ったとき、現場の人間が言うことを聞いてくれないなんてことになるぞ」 その言葉にハッとした上野青年は、以来、真面目に現場での仕事と向き合った。そして、2年後に新製品開発を担当する技術部に返り咲くと、現場の経験、人脈が糧となり、めきめきと頭角を表し、会社にとってなくてはならない存在の社員の一人になっていった。 電子ビーム加工技術に出会ったのは子会社の役員就任中のことだった。最先端技術として注目されていた電子ビーム加工は技術者・上野を大いに刺激した。ところが、その好奇心を挫く災難が待ち構えていた。入社15年目にまたしても会社が経営不振の危機に瀕してしまったのだ。
「15年間で2回も経営危機に巻き込まれ、これ以上、ここにいても希望はないと自分で会社を起こすことを決断しました」給料が下がっても会社にしがみつくという選択肢もあった。妻子ある身での無謀ともいえる挑戦に逡巡がなかったといえば嘘になる。親類一同からの猛反対もあった。頭を抱える毎日だったが、妻が後押ししてくれた。 裸一貫からのスタート。会社登記は司法書士に委ねることなく、必要な書類を自ら調べ、書き込み、役所に何度も足を運び、完成させた。完全に自力での起業だった。

軌道に乗るまでの営業と技術への自信

電子ビームの優れた技術を確信し事業を始めてみたものの、取引先は1社もない状況。大手企業に片っ端から営業をかけた。ところが、実績のない会社が、よく分からない技術を持ちかけても門前払い。そもそも、大企業は材料調達や加工など、製品の完成までに関わる部門が多く、新しい技術を持ち込むにはハードルが高かったのだ。
そこに気づいた上野会長、中小企業を訪ねてみると「それじゃあ、この部品加工してみて」といきなり先方の社長から依頼された。小回りがきく中小企業ならではの意思決定の早さがそこにはあった。早速仕事に取りかかり、できあがった製品を納入すると、その技術力の高さを大絶賛された。
次第に評判も広がり、大手企業からの発注にもつながった。
ところが、好事魔多しの喩えどおり、思わぬ事態が持ち上がった。売上の半分以上を占めていた得意先が、外注ではコストがかさむと、自社内に電子ビームの設備を揃えたといってきたのだ。大口の取引先を無くしたのは大打撃だった。

顧客目線に立って、何が本当に求められているのかを考える

「本当にお客さんのことを考えて仕事をしてきたのだろうか、優れた技術にあぐらをかいていたのではないだろうかと自問しました。そこで、本当にお客さんのためになる仕事をしようと決心したんです」 電子レーザーの装置をそろえても、それを使いこなすにはそれ相応の技術が不可欠。
加えて、日々のメンテナンスや故障したときの修復、加工する部品によって異なるセッティング方法など、さまざまなノウハウが必要となる。それこそが同社の強みだった。
猛省した上野会長、逆転の発想で取引会社と接することを徹底した。もし、取引先企業が電子ビームの設備を導入すると聞けば、懇切丁寧にアドバイスし、装置が故障したときや少量しか生産しないものは同社で加工を引き受けるなど、顧客のニーズに合わせた柔軟な対応を始めた。
すると、同社の蓄積してきたノウハウやきめ細かいサービスが評判となり、取引先は再び増加。以来、電子ビームといえば東成エレクトロビームと、業界内での地位を確固たるものにした。

後進の育成に全国を飛び回る。今も勉強の日々

社長を退いた後も、上野会長は精力的に活動を続けている。裸一貫から会社を興した、いわばベンチャー企業のはしりとしての経験や、ものづくりの魅力を伝えるべく、大学や自治体などの講演会で全国を飛び回る。
年間の講演数は30を超え、移動中にも新聞や資料に熱心に目を通すなど、勉強を怠らない。
「大学受験のときに第一志望に落ちて学業で躓いちゃったから、この歳になっても勉強しなくちゃならないんですよ」とはにかむ御歳76歳の上野会長。
「やりたいことをやれるように、自分の長所を磨いて社会で活躍してほしい」と若手にエールを送る。

img_04 はやぶさ2の金属射出装置の蓋
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